キーワード:強迫症/強迫性障害
【事例】
就職して数年が経ち、独り立ちして担当の顧客を持つことになった部下のAさん。ところが、担当していた業務で外部に発注した商品の数に大きな間違いが発覚した。このミスの処理によって大幅な進捗の遅れが生じ、顧客に対しては上司とともに謝罪に行くことになった。この出来事以降、Aさんはスケジュールやタスク管理に人一倍気を使うようになった。しかし、次第に確認行動がエスカレート。上司に同じことを何度も確認するようになった。また確認行動を繰り返すことで仕事が進まず、残った仕事のしわ寄せは同僚にもいくようになり、周囲から不満の声も上がっている。
仕事では、ミスを予防するための確認行動は必要なこととされていますが、それが行き過ぎてしまい、業務に支障が出ている場合は注意が必要です。どのような原因が想定され、また事業所としてはどのように対応することが大切でしょうか。
医学的な観点から
何度も同じことを繰り返したり、決まった手順を守らないと気が済まないといった、いわゆる「こだわり」と称される行為は、強迫症の他、自閉スペクトラム症などでもよくみられる特徴です。強迫行為は同じであっても、強迫症(強迫性障害)と自閉スペクトラム症では強迫行為の意味や対応が異なるため、正しい鑑別が必要と考えられます。
強迫症の発症には、ストレスや大きな環境変化が関係することも多いと言われており、大きなミスをしてしまったという出来事が強迫のきっかけになっていきます。たとえば、仕事上で失敗しないようにミスの確認をすることはよくありますが、強迫性障害による確認行為の場合、いくら確認をしても不安は一時的・短期的にしか下がりません。その後、わずかな時間で再び「さっきは確認が漏れていたかもしれない」「確認しておかないと大きな失敗をしてしまうかもしれない」などの強迫観念が起こり、そのことにとても耐えられないほどの強い不安や恐怖を感じるため、繰り返し強迫行為を行ってしまいます。そして、この悪循環にはまると、強迫行為の程度はエスカレートしていきます。
症状が比較的軽い段階では仕事もなんとかこなすことができますが、症状が重くなると、強迫行為に大半の時間をとられて他のことをする余裕がなくなったり、行けない場所が増えたりするなど、日常生活に大きな影響が生じるようになります。
また、周りに迷惑をかけていることに加えて、本人自身も強迫行為をすることに精神的な苦痛を感じたり多大な疲労感を伴うため、本人自身が疲弊していくことで気分が落ち込みやすくなり、二次的にうつ病を併発する場合もあります。加えて、症状が進むと周囲を巻き込んでいき、同居をしている家族などがうつや睡眠障害につながることもあります。
普段の行動の延長線上に強迫行為があるため、すべての人に受診が必要というわけではありませんが、本人や周囲の人に困り感が生じている場合は受診が必要といえるでしょう。医療機関へつなぐ場合は、精神科受診を勧めると良いでしょう。少なくとも精神科では不安症の治療を行っているため、発達障害でのこだわりとの鑑別においても間違いはないのではないかと考えられます。
労務管理の観点から
医療機関へ受診している場合、薬物療法である程度良くなることも多いため、職場の担当者は、通院の継続が必要であることを理解しておく必要があります。
強迫行為は自分自身も不合理であると思っていても止められないため、強迫行為を止めるように単に注意することは逆効果になることや、周囲の環境を調整するだけで良くなる場合もあるため、職場で情報共有を行うことも考慮に入れるべきでしょう。ただし、周囲への情報開示については、事前に本人と相談し同意を得ることを忘れないでください。
本人や周囲が困っている場合は、本人にヒアリングを行い、困りごとをリストアップしてもらい、部署で共有できると良いです。例えば、ミスをしていないか何度も確認する場合は、チェックリストを作成して業務タスクを可視化できるようにする。鍵をかけたかどうかが気になり何度も確認をしてしまって帰ることができない場合は、一番最後に帰宅させないように鍵の担当から外す、などの強迫行為をしにくくするなどの配慮が有効です。上記のような、本人一人で対応しなければならない業務や、最終的な判断を任される業務は、強迫を生じさせやすいことから注意が必要と言えます。
また、本人が周りの人に「大丈夫だろうか?ミスをしていないだろうか?」など何度も確認をすることもありますが、周囲の人が「大丈夫だよ」と安心させてしまうと、その言葉で一時的な安心感を得ることができてしまうことから、周囲の人が本人の強迫症状に巻き込まれやすくなります。周りの人のためにも、強迫行為を行いやすい環境となっていないか、今一度、現在の状況を改めて見直してみましょう。
ここまで述べてきた対応や配慮を適切に行うためにも、アドバイスを求められる精神科医や心理支援専門職と日頃から関係を作っておくことをお勧めします。
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